1「原審の適法に確定した事実によれば、M丸は、本邦を出港してから本邦に帰港するまで約1年にわたり、インド洋を主な漁場として刺身用鮪の漁獲に従事し、漁獲した刺身用鮪を冷凍保存のうえ本邦に帰港してその水揚げをするという約300トン級のA所有の遠洋鮪漁船であって、その全航海を一航海とするものである、というのである。
したがって、M丸は、漁船であって商行為を目的として航海をするものではないが、航海の用に供する船舶であることは明らかであるから、船舶法35条により商法第4編(現行第3編)の規定である商法842条6号の準用があるものと解するのが相当であり、また、同船が本邦を出港して遠方洋上に向かう航行、海外基地と漁場とを往復する航行及び漁獲を終えて漁獲物を本邦に持ち帰る航行は、いずれも同船が遠洋鮪漁をするための航行としてその間に実質的な相違はないというべきであるから、所論のように漁獲を終えて漁獲物を本邦に持ち帰る航行だけが同号所定の航海にあたるものと解すべき理由はなく、本邦を出港し再び本邦に帰港するまでの航行は、その間の漁獲に従事した際の航行をも含め、同号所定の航海に該当するものと解するのが相当である。」
2「今日のように通信制度、送金制度及び代理店制度が発達している状況のもとにおいては、航海の途中において、船長が外国の商人と直接契約を締結して燃料油や食料等の補給を受けなくても、船長から連絡を受けた船舶所有者が、代金決済の方法を講じた上、外国の商人又は我が国の承認と契約を締結して船舶に燃料油や食料等の補給をすることができるところ、その場合の船舶所有者がする契約は陸上における通常の契約と異なるところはないから、その限度において今日では商法842条6号所定の債務に船舶先取特権を認めて債権者の保護を図るべき必要性は減少しているものと解される。
しかも、船舶先取特権は公示方法なくして船舶抵当権に優先するものとされているから(商法849条)、船舶先取特権を広く認めることは、船舶抵当権者の利益を害し、ひいて船舶所有者が金融を得るのを困難にするものであるところ、この点は、船舶先取特権が認められる場合を制限する国際条約が締結されていることにみられるとおり、国際的な問題でもあって、これを批准していない我が国においても先取特権に関する商法の規定を解釈するにあたり十分に斟酌すべき事柄であるといわなければならない。
したがって、これら諸点に照らして考察すると、船舶先取特権が認められる債権の範囲は厳格に解釈すべきものと考えられるが、右商法の規定が存する以上、これを無視するような解釈をすることの許されないことはいうまでもない。
のみならず、商法842条6号所定の債権に先取特権が認められているのは、右債権の発生原因である燃料油や食料等の補給が船舶所有者の総債権者の担保である船舶の維持ないしは保存に役立つものであることにもよるのであるから、船舶所有者に対する総債権者の共同の利益のために生じた債権であるというだけでは同号所定の債権にあたらないとする所論は当を得ないものといわなければならない。
したがって、原判決が、本件のように我が国において船舶所有者が締結した契約に基づき航海中の我が国の船舶に燃料油や食料等の補給がされたことによって生じた債権であっても商法842条6号所定の債権として船舶先取特権の被担保債権たりうるものと解し、また、前示のとおり、M丸が本邦を出港し再び本邦に帰港するまでの全航行が同号所定の航海に該当するものであると解したとしても、所論のように右商法の規定の解釈を誤ったものとすることはできない。」 |