会社の政治献金
最大判昭和45年6月24日(取締役の責任追及請求事件)
民集24巻6号625頁、判時596号3頁、判夕249号116頁
<事実の概要>
鉄鋼の製造販売会社であるA株式会社の代表取締役Y1Y2は、昭和35年に、同社を代表して自民党に対して350万円の政治資金を寄付したところ、A社の株主Xは、定款の目的外の行為であり、定款違反及び取締役の忠実義務違反にあたるとして、会社の被った損害の賠償を求めて株主代表訴訟を提起した。
第1審ではXが勝訴したが、控訴審ではXが敗訴した。
Xは上告した。 |
<判決理由>上告棄却。
「会社は定款に定められた目的の範囲内において権利能力を有するわけであるが、目的の範囲内の行為とは、定款に明示された目的自体に限局されるものではなく、その目的を遂行するうえに直接または関節に必要な行為であれば、すべてこれに包含ものと解するのを相当とする。
そして必要なりや否やは、当該行為が目的遂行上現実に必要であったかどうかをもってこれを決すべきではなく、行為の客観的な性質に即し、抽象的に判断されなければならないのである。(最高裁昭和27年2月15日第二小法廷判決・民集6巻2号77頁、同30年11月29日第三小法廷判決・民集9巻12号1866頁参照)
ところで、会社は、一定の営利事業を営むことを本来の目的とするものであるから、会社の活動の重点が、定款所定の目的を遂行するうえに直接必要な行為に存することはいうまでもないところである。
しかし、会社は、他面において、自然人とひとしく、国家、地方公共団体、地域社会その他(以下社会等という。)の構成単位たる社会的実在なのであるから、それとしての社会的作用を負担せざるをえないのであって、ある行為が一見定款所定の目的とかかわりがないものであるとしても、会社に、社会通念上、期待ないし要請されるものであるかぎり、その期待ないし要請にこたえることは、会社にとっても、一般に、かかる社会的作用に属する活動をすることは、無益無用のことではなく、企業体としての円滑な発展を図るうえに相当の価値と効果を認めることもできるのであるから、その意味において、これらの行為もまた、間接であっても、目的遂行のうえに必要なものであるとするを妨げない。
災害救援資金の寄付、地域社会への財産上の奉仕、各種福祉事業への資金面での協力などはまさにその適例である。
会社が、その社会的役割を果たすために相当な程度のかかる出捐(しゅつえん)をすることは、社会通念上、会社としてむしろ当然のことに属するわけであるから、株主その他の会社の権利能力の範囲内にあると解しても、なんら株主等の利益を害するおそれはないのである。
以上の理は、会社が政党に政治資金を寄付する場合においても同様である。
憲法は政党について規定するところがなく、これに特別の地位を与えてはいないのであるが、憲法の定める議会制民主主義は政党を無視しては到底その円滑な運用を期待することはできないのであるから、憲法は、政党の存在を当然に予定しているものというべきであり、政党は議会制民主主義を支える不可欠の要素なのである。
そして同時に、政党は国民の政治意思を形成する最も有力な媒体であるから、政党のあり方いかんは、国民としての重大な関心事でなければならない。
したがって、その健全な発展に協力することは、会社に対しても、社会的実在としての当然の行為として期待されるところであり、協力の一態様として政治資金の寄付についても例外ではないのである。
論旨のいうごとく、会社の構成員が政治的信条を同じくするものでないとしても、会社による政治資金の寄付が、特定の構成員の利益を図りまたその政治的志向を満足させるためでなく、社会の一構成員の利益を図りまたその政治的志向を満足させるためでなく、社会の一構成単位たる立場にある会社に対し期待ないし要請されるかぎりにおいてなされるものである以上、会社にそのような政治資金の寄付をする能力がないとはいえないのである。
要するに、会社による政治資金の寄付は、客観的、抽象的に観察して、会社の社会的役割を果たすためになされたものと認める限りにおいては、会社の定款所定の目的の範囲内の行為であるとするに妨げないのである。」
「会社が、納税の義務を有し自然人たる国民とひとしく国税等の負担に任ずるものである以上、納税者たる立場において、国や地方公共団体の施策に対し、意見の表明その他の行動に出たとしても、これを禁圧すべき理由はない。
のみならず、憲法3章に定める国民の権利および義務の各条項は、性質上可能なかぎり、内国の法人にも適用されるものと解するべきであるから、会社は、自然人たる国民と同様、国や政党の特定の政策を支持、推進しまたは反対するなどの政治的行為をなす自由を有するのである。
政治資金の寄付もまさにその自由の一環であり、会社によってそれがなされた場合、政治の動向に影響を与えることがあったとしても、これを自然人たる国民による寄付と別異に扱うべき憲法上の要請があるものではない。
論旨は、会社が政党に寄付をすることは国民の参政権の侵犯であるとするのであるが、政党への寄付は、事の性質上、国民個々の選挙権その他の参政権の行使そのものに直接影響を及ぼすものではないばかりでなく、政党の資金の一部が選挙人の買収にあてられることがあるにしても、それはたまたま生ずる病理的現象に過ぎず、しかも、かかる非違行為を抑制するための制度は厳として存在するのであって、いずれにしても政治資金の寄付が、選挙権の自由なる行使を直接に侵害するものとはなしがたい。
会社が政治資金寄付の自由を有することは既に説示したとおりであり、それが国民の政治意思の形成に作用することがあっても、あながち異とするには足りないのである。
所論は大企業による巨額の寄付は金権政治の弊を産むべく、また、もし有力株主が外国人であるときは外国による政治干渉となる危険もあり、さらに豊富潤沢な政治資金の腐敗を醸成するというのであるが、その指摘するような弊害に対処する方途は、さしあたり、立法制作にまつべきことであって、憲法上の公共の福祉に反しない限り、会社といえども政治資金の寄付の自由を有するといわざるを得ず、これをもって国民の参政権を侵害するとなす論旨は採用の限りではない。」
「商法254条の2の規定は、同法254条3項民法644条に定めるように、通常の委任関係に伴う善管義務とは別個の、高度な義務を規定したものとは解することができない。
ところで、もし取締役が、その職務上の地位を利用し、自己または第三者の利益のために、政治資金を寄付した場合には、いうまでもなく忠実義務に反するわけであるが、論旨は、Y1Y2に、具体的にそのような利益をはかる意図があったわけではなく、一般に、この種の寄付は、国民個々が各人の政治的信条に基づいてなすべきものであるという前提に立脚し、取締役が個人の立場で自ら出捐(しゅつえん)するのでなく、会社の機関として会社の資産から支出することは、結果において会社の資産を自己のために費消したのと同断だというのである。
会社が政治資金の寄付をなしうることは、さきに説示したとおりであるから、そうである以上、取締役が会社の機関としてその衝にあたることは、特段の事情のない限り、これをもって取締役たる地位を利用した、利益追求の行為だとすることのできないのはもちろんである。
論旨はさらに、およそ政党の資金は、その一部が不正不当に、もしくは無益に、乱費されるおそれがあるにもかかわらず、本件の寄付に際し、Y1Y2はこの事実を知りながら敢て目をおおい使途を限定するなど防圧の対策を講じないまま、漫然寄付をしたのであり、しかも、取締役会の審議すら経ていないのであって、明らかに忠実義務違反であるというのである。
ところで、右のような忠実義務違反を主張する場合に合っても、その挙証責任がその主張者の負担に帰すべきことは、一般の義務違反の場合におけると同様であると解すべきところ、原審におけるXの主張は、一般に、政治資金の寄付は定款に違反しかつ公序を紊するものであるとなし、したがって、その支出に任じたY1Y2は忠実義務に違反するものであるというにとどまるのであって、Y1Y2の具体的行為を云々するものではない。
もとよりXはその点につき何ら立証するところがないのである。
したがって、論旨私的の事実は原審の認定しないところであるのみならず、所論のように、これを公知の事実と目すべきでないことも多言を要しないから、Y1Y2の忠実義務違反をいう論旨は前提を欠き、肯認することができない。
いうまでもなく取締役が会社を代表して政治資金の寄付をなすにあたっては、その会社の規模、経営実績その他社会的経済的地位および寄付の相手方など諸般の事情を考慮して、合理的な範囲内において、その金額等を決すべきであり、右の範囲を超え、不相応な寄付をなすがごときは取締役の取締役の忠実義務に違反するというべきであるが、原審の確定した事実に即して判断するとき、A社の資本金その他所論の当時における純利益、株主配当金等の額を考慮にいれても、本件寄付が、右の合理的な範囲を超えたものとすることはできないのである。」 |
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