将来の敵対的買収に備えた新株予約権発行の差止の可否

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将来の敵対的買収に備えた新株予約権発行の差止の可否

東京高決平成17年6月15日(新株予約権発行差止仮処分決定認可決定に対する保全抗告事件)
判時1900号156頁、判夕1186号254頁、金判1219号8頁

<事実の概要>

Y社は、その発行する株式をジャスダック証券取引所の開設するジャスダック市場に上場する株式会社である。

X社は、英領西インド諸島ケイマン諸島法に基づいて設立された有限責任会社であって、機関投資家から調達した資金を、その取締役で構成される投資委員会に基づき、日本の上場企業の株式に投資することを主たる事業としている。

そしてX社は、平成17年3月31日現在、Y社の発行済株式を28万5000株保有しており、この保有株式数は、Y社の発行済株式数の約2、85%に相当する。

Y社は、同年3月14日の取締役会において、同月31日現在の株主名簿上の株主に対し、1株につき無償で2個の割合で新株予約権を与えることを決議した。

Y社新株予約権発行要領によれば、その内容は以下のとおりである。

まず、発行目的(1項)は、「Y社は、Yに対する濫用的な買収等によってY社の企業価値が害されることを未然に防止し、Y社に対する買収等の提案がなされた場合に、Y社の企業価値の最大化を達成するための合理的な手段として用いることを目的として、本発行要領に定める新株予約権を発行する。」とされている。

次に、この新株予約権の行使条件(12項)は、「平成17年4月1日から平成20年6月16日までの間に手続開始要件が満たされた場合」であり、この手続開始要件とは、「特定株式保有者の存在をY社の取締役会が認識し、公表したこと」とされている。

ここに言う「特定株式保有者」とは、「公開買付者等であって、その者及びその者と一定の関係にある者が、Y社の発行済議決権付株式総数の20%以上を保有する場合の当該保有者」を指す。

また、「公表した」とは、「特定株式保有者がY社の発行済議決権付株式総数の20%以上を取得したことをY社取締役会が認識した後遅滞なく、Y社取締役会の決議に基づき、ジャスダックの定める適時開示規則所定の開示の方法に従い、その旨を開示し、かつ、Y社ホームページ上に掲載した上で、これらを行った日から2週間が経過した日以後の日でY社取締役会が定める日に、当該ある者が当社の発行済議決権付株式総数の20%以上を取得した旨の公告を行ったこと」を指す。

さらに、この新株予約権については、消却事由及び消却条件が定められている。

具体的には、手続開始要件が成就するまでの間に、@「取締役会が企業価値の最大化のために必要があると認めたとき」、もしくはA「取締役会が上記アに定める目的(1項に定める発行目的)を達成するための新たな制度の導入に際して必要があると認めたとき」には、取締役会の決議をもって、新株予約権の発効日以降において取締役会の定める日に、新株予約権の全部を一斉に無償で消却することができる。

なお、新株予約権の消却に関してはガイドラインが定められており、Y社取締役会が、本件新株予約権の消却等の是非について判断する際の指針とされている。

これによると、取締役会決議に際しては、Y社及び本件新株予約権の消却等につき利害関係のない有識者、弁護士、又は公認会計士2名以上3名以内の委員で組織される特別委員会による勧告を最大限尊重することとされているほか、Y社取締役会が本件新株予約権を消却しない旨の決議を行うことができる場合が明確化されている。

X社は、以上のY社による新株予約権の発行が著しく不公正な方法によるものである等主張して、差止仮処分の申立を行った。

その理由は多岐にわたるが、主要な部分は以下のとおりである。

まず、本件新株予約権の発行は、被選任者たる取締役に選任者たる株主構成を変更することを認めており、商法の定める期間権限の分配秩序に反する

また、本件新株予約権の発行により、Y社株式はその価値に算定困難かつ重大な希釈化リスクを負い、それゆえ合理的な投資家はY社株式に対する投資を躊躇する結果、Y社株式の経済的価値は著しく下落し、容易に回避することが可能な著しい不利益を不当に株主に与える、というのである。

原審は、以下に示す一般論を述べた上で、本件では、取締役会限りで事前の対抗策としての新株予約権を発行するための要件が満たされていないとして、本件新株予約権の差止を認める仮処分決定を行った(東京地決平成17,6,1判夕1186号274頁)。

「会社の経営支配権に現に争いが生じていない場面において、将来、株式の敵対的買収によって経営支配権を争う株主が生じることを想定して、かかる事態が生じた際に新株予約権の行使を可能とすることにより当該株主の持株比率を低下させることを主要な目的として、当該新株予約権の発行がされる場合については、真摯に合理的な経営を目指すものではない敵対的買収者が現れ、その支配権取得が会社に回復し難い損害をもたらす事情は未だ存在しないのであるから、取締役会において一種の緊急避難的行為として相当な対抗手段を採るべき必要性は認められない。

このことは、敵対的買収者による支配権取得が企業価値維持の観点から適当でないと取締役会が判断した場合に、企業価値維持を動機として新株予約権の行使を可能とする場合であっても同様である。

したがって、本件のような事前の対抗策としての新株予約権の発行は、原則として株主総会の意思に基づいて行うべきであるが、株主総会は必ずしも機動的に開催可能な機関とは言い難く、次期株主総会までの間において、会社に回復し難い損害をもたらす敵対的買収者が出現する可能性を全く否定することはできないことから、事前の対抗策として相当な方法による限り、取締役会の決議により新株予約権の発行を行うことが許容される場合もあると考えられる。

しかし、その場合であっても、少なくとも事前の対抗策としての新株予約権の発行に株主総会の意思が反映される仕組みが必要というべきであり、また、新株予約権の行使条件の成就の判断を取締役会に委ねることについては、現経営者による権限の濫用のおそれが必然的に随伴するから、取締役会の恣意的判断の防止策も必要である。

そうであれば、取締役会の決議により事前の対抗策としての新株予約権の発行を行うためには、@新株予約権が株主総会の判断により消却が可能なものとなっているなど、事前の対抗策としての新株予約権の発行に株主総会の意思が反映される仕組みとなっていること、A新株予約権の行使条件の成就が、取締役会による緊急避難的措置が許容される場合、すなわち敵対的買収者が真摯に合理的な経営を目指すものではなく、敵対的買収者による支配権取得が会社に回復し難い損害をもたらす事情がある場合に限定されるとともに、条件成就の公正な判断が確保される(客観的な消却条件を設定するとか、独立性の高い社外者が消却の判断を行うなど)など、条件成就に関する取締役会の恣意的判断が防止される仕組みとなっていること(なお、敵対的買収者に対し事業計画の提案を求め、取締役会が当該買収者と協議するとともに、代替案を提示し、これについて株主に判断させる目的で、合理的なルールが定められている場合において、敵対的買収者が当該ルールを遵守しないときは、敵対的買収者が真摯に合理的な経営を目指すものではないことを推認することができよう。)、B新株予約権の発行が、買収とは無関係の株主に不測の損害を与えるものではないことなどの点から判断して、事前の対抗策として相当な方法によるものであることは必要というべきであり、こうした事情を会社側が疎明、立証した場合は、将来における敵対的買収者の持株比率を低下させることを主たる目的とする新株予約権であっても、その発行を差し止めることはできない。」

これに対してY社が仮処分異議の申立をおこなったところ、原審異議決定は原審仮処分決定を認可したため(東京地決平成17、6、9判夕1186号265頁)、Y社が抗告した。



<判決理由>抗告棄却。

「取締役会は、株主割当の方法で新株予約権を発行し(商法280条の20第2項12号)、また、新株予約権に譲渡制限を付する(同条同項8号)権限を有している。

そして、新株予約権の権利内容(行使機関、権利行使の条件、消却の事由・条件)や利用方法について、商法上特段の制限は加えられていない。

したがって、濫用的な敵対的買収に対する防衛策として、新株予約権を活用することも考えられないではない。

・・・取締役は会社の所有者である株主と信認関係にあるから、上記権限の行使に当っても、株主に対しいわれのない不利益を与えないようにすべき責務を負うものと解される。」

「本件新株予約権は、・・・平成17年3月31日時点の株主に対して無償で1株につき2個を割り当て、新株予約権の行使の要件が充たされたときには、1個当り1円というほとんど無償に近い価額でY社の株式1株を取得することができる権利であり、株式分割と同様に会社資産に増加がないのに発行済株式総数だけが3倍に増加するという効果を生じさせるものである。

したがって、将来、新株予約権が消却されることなく、現実にこれが行使されて新株が発行されたときには、Y社の株式の価額は、理論的にはその時点で時価の3分の1程度に下落する可能性が存在する・・・。

したがって、新株予約権の権利落ち日(平成17年3月28日)以後にY社の株式を取得した株主は、平成20年6月16日までの間に本件新株予約権が消却されずに、新株予約権が行使され新株が発行されたときには、当該株主が濫用的な買収者であるかどうかにかかわらず、Y社株式の持株比率が約3分の1程度に希釈されるという危険を負担し続けることになる。

そして、本件プランによれば、新株予約権の行使の要件が将来充足される事態が発生するか否か、いかなる時点において充足されることなるのかは予測不能であるから、その確率がかなり低いものであるとしても、いずれの日には上記の新株予約権が行使されてY社株式の持株比率が約3分の1にまで希釈され、株価が大きく値下がりするという危険性を軽視することはできない。

また、そのような事情が、今後3年間にわたって株式市場におけるY社株式の株価の上昇に対し、上値を抑える強力な下げ圧力として作用することも否定できない。

そうすると、上記のような不安定要因を抱えたY社株式(その上、本件新株予約権がその適切な対価を払い込むことなく無償交付されるため、その価値に相当する分だけ価値が低下している。)は投資対象としての魅力に欠ける、買い意欲をそそられない株式となり、購入を手控える傾向が高まるものと考えられ、その結果、当該株式の株価が長期にわたって低迷する可能性の高いことが想定されるところである。

そして、そのことは、新株予約権を取得した既存株主にとっても、株価値下がりの危険のほか、長期にわたってキャピタルゲインを獲得する機会を失うという危険を負担するものであり、このような不利益は、本件新株予約権の発行がなければ生じ得なかったであろう不足の損害というべきである。

X社を含む既存株主にとっては、将来、敵対的買収者(特定株式保有者)が出現し、新株予約権が行使され新株が発行された場合には、その取得する新株によって、株価の値下がり等による不利益を回復できるという担保はあるものの、既存株主としても、本件新株予約権の譲渡が禁止されているため、敵対的買収者が出現して新株が発行されない限りは、新株予約権を譲渡することにより、上記のような株価低迷に対する損失をてん補する手立てはないから、既存株主が被る上記のような損害を否定することはできない。

このような損害は、敵対的買収者以外の一般投資家である既存株主が受任しなければならない損害であるということはできない。」

「そうすると、本件新株予約権の発行は、既存株主に受忍させるべきでない損害が生じるおそれがあるから、著しく不公正な方法によるものというべきであり、しかも、上記のとおり債権者が本件新株予約権の発行によって不利益を受ける恐れがあることも明らかである。」

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