債務者の破産宣告と商事留置権の効力

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債務者の破産宣告と商事留置権の効力

最判平成10年7月14日(損害賠償請求事件)
民集52巻5号1261頁、判時1663号140頁、判夕991号129頁

<事実の概要>

平成3年3月25日、A株式会社は銀行取引約定書(以下、「本件約定書」)を差し入れて、Y銀行と取引を開始した。

本件約定書5条1項には、Aが手形交換所の取引停止処分を受けたときには、AのYに対する一切の債務について当然に期限の利益を失う旨、4条4項には、AがYに対する債務を履行しなかった場合には、Yが占有するAの動産、手形、その他の有価証券は、Yが取立て・処分でき、その取得金から諸費用を差し引いた残額を法定の順序にかかわらず債務の弁済に充当できる旨、規定されていた。

平成5年1月25日、YはAに対し、手形金額98万余円の約束手形(以下、「本件手形」)の割引を申し込んだ。

Yは信用照会の結果を見てから本件手形の割引を実行することとして、本件手形を預ったが、翌25日、Aが振り出した決済見込みのない手形が手形交換から回ってきたので、本件手形の割引を見送った。

Aは、同日と翌26日に手形を不渡とし、同月31日に銀行取引停止処分を受け、遅くともこの時点において、上記貸付金債務について期限の利益を失った。

Aは、同月30日に破産の申立をし、同年4月15日に破産宣告(破産手続開始決定)を受け、Xが破産管財人に就任した。

同年5月、XはYに対し本件手形の返還を求めたが、Yはこれを拒絶し、本件手形の支払期日である同年6月10日に手形交換によって本件手形を取り立て、上記貸付金債権の弁済に充当した。

そこで、Xは、Yが本件手形の返還を拒絶したうえ、本件手形を支払期日に取り立ててYのAに対する債権の弁済に充当したのは不法行為に該当するとして、Yに対し、本件手形金額相当の損害賠償を請求した

原審は、Yが本件手形について取得した商事留置権は、Aが破産宣告を受けたことにより特別の先取特権とみなされるが(改正前破産法93条1項。現行破産法66条1項に相当)、この場合、留置権としての効力は失効し、本件約定書4条4項の処分権はAの委託に基づくものであって、Aの破産により当該処分権は消滅する、としてXの請求を認容した。

これに対してYが上告した。



<判決理由>破棄自判、Xの控訴棄却(結果として、Xの請求は棄却された)。

「Yは、本件手形の占有を適法に開始し、遅くともAが銀行取引停止処分を受けた平成5年3月31日には本件手形に対して商事留置権を取得したものということができ、・・・そして、Aに対する同年4月15日の破産宣告は、破産法93条1項によって、右商事留置権が破産財団に対して特別の先取特権とみなされることになる。

そこで、検討するに、破産財団に属する手形の上に存在する商事留置権を有する者は、破産宣告後においても、右手形を留置する権能を有し、破産管財人からの手形の返還請求を拒むことができるものと解するのが相当である。

けだし、破産法93条1項前段の・・・「之を特別の先取特権と看なす」という文言は、当然には商事留置権者の有していた留置権能を消滅させる意味であるとは解されず、他に破産宣告によって右留置権能を消滅させる旨の明文の規定は存在せず、破産法93条1項前段が商事留置権を特別の先取特権とみなして優先弁済権を付与した趣旨に照らせば、同項後段に定める他の特別の先取特権者に対する関係はともかく、破産管財人に対する関係においては、商事留置権者が適法に有していた手形に対する留置機能を破産宣告によって消滅させ、これにより特別の先取特権の実行が困難となる事態に陥ることを法が予定しているものとは考えられないからである。

そうすると、商事留置権を有するYは、Aに対する破産宣告後においても、Xによる本件手形の返還請求を拒絶することができ、本件手形の占有を適法に継続し得るものというべきである。」

本件約定書4条4項は、文言上、取引先が破産宣告を受けて銀行の有する商事留置権が特別の先取特権とみなされた場合にどのような効果をもたらす合意なのか明確でない上、かかる先取特権は他の特別の先取特権に劣後する(改正前破産法93条1項後段。現行破産法66条2項)ことに鑑みれば、同条項を根拠として、直ちに法律に定めた方法によらず銀行が占有する手形等を処分することができるということはできない。

しかしながら、支払期日未到来の手形については、民事執行法に基づく執行官の取り立ても銀行による取立ても、取立て者の裁量等が介在する余地がない手形交換制度を利用して行なわれるという点で同様である。

「そうであれば、銀行が右のような手形について、適法な占有権原を有し、かつ特別の先取特権に基づく優先弁済権を有する場合には、銀行が自ら取り立てて弁済に充当し得るとの趣旨の約定をすることには合理性があり、本件約定書4条4項を右の趣旨の約定と解するとしても必ずしも約定当事者の意思に反するものとはいえないし、当該手形について、破産法93条1項後段に定める他の特別の先取特権のない限り、銀行が右のような処分等をしても特段の弊害があるとも考え難い

・・・以上に鑑みれば、本件事実関係の下においては、・・・Yの行為は、Xに対する不法行為となるものではない。」

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