表見支配人の権限の範囲

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表見支配人の権限の範囲

最判昭和54年5月1日(小切手金請求事件)
判時931号112頁、金判576号19頁

<事実の概要>

Y信用金庫S支店の支店長であったAは、支店長在職中の昭和43年10月、個人的な負債の返済資金を捻出するため、Yの顧客用の当座小切手用紙を使用して、額面200万円及び350万円の持参人払い式自己宛先日付小切手2通を振り出し、同日これを事情を知っているBに交付した。

Bはこれを貸金業者Xの交付し、Xはこの小切手を担保にBに550万円を貸し付けた。

Xは同年11月、本件小切手をY信用金庫S支店に支払呈示したが、支払を拒絶されたため、小切手金の支払を求めて提訴した。

XはAが表見支配人に当たると主張して小切手金の支払を請求した。

原審(福岡高判昭和52、10、26金判576号22頁)は、Y信用金庫では、支店長に、顧客から予め資金の預入があった場合にのみ自己宛小切手を振り出す権限を付与していたが、Aは何人からも資金の預入がないのに、本件小切手を振り出して、先日付で自己宛小切手を振り出すことはあり得ない、とも指摘した。

このため原審は、たとえAが金融機関の支配人に該当しても、資金の預入がない場合に、しかも先日付で、自己宛小切手を振り出す権限は全くない、として、Xの表見支配人の主張を排斥した。

Xは上告した。



<判決理由>破棄差戻し。

「商法42条1項、38条1項によれば、信用金庫の支店の営業の主任者たることを示すべき名称を附した使用人はその営業に関する行為をする権限を有するものとみなされるところ、右の営業に関する行為は、営業の目的たる行為のほか、営業のため必要な行為を含むものであり、かつ、営業に関する行為にあたるかどうかは、当該行為につき、その行為の性質・種類等を勘案し、客観的・抽象的に観察して決すべきである、と解するのが相当である。(最高裁昭和・・・32年3月5日第三小法廷判決・民集11巻3号395頁参照)

これを本件についてみると、原判決の前記認定によれば、自己宛小切手の振出は信用金庫法53条1項に定める信用金庫の業務に付随する業務としてのYの行なう業務にあたるというのであるから、Aによる本件小切手の振り出しは、これを客観的・抽象的に観察するときは、Yの営業に関する行為であってYのS支店長であったAが有するものとみなされる権限に属するものであるといわなければならない

前記のように、Aがなんぴとからも資金の預け入れがないにもかかわらず、しかも先日付で、本件小切手を振り出したことは、それが、Yの支店長として職務上遵守すべきを要請されている内部的な禁止事項に違反し又は正当な業務の執行の在り方に反することとなる点において同人に職務上の義務違反を生じさせるものであるとしても、Yの営業に関する行為とみるべきかどうかが前に述べたとおり当該行為を客観的・抽象的に観察して決すべきものである以上、右振出がYの営業に関する行為としてAの権限の範囲内のものであるとすることを妨げるものではないというべきである。

もっとも、原判決は、更に、最初に本件小切手を振り出したものであることを知っていたとの事実をも認定しているのであるが、このようなAの背任的意図についての知情が民法93条但書の類推適用により右Bに対する関係においてYをして本件小切手についての責めを免れさせることがありうること(最高裁昭和44年4月3日第一小法廷判決・民集23巻4号737頁参照)は格別、右知情とAが商法42条1項いよって有するものとみなされる代理権そのものの欠如についての同条2項の定める悪意とは、それぞれ対象とするところを異にする問題である。

そして、以上に説示したところによれば、Yは、Bから本件小切手の交付を受けたXに対する関係では、小切手法22条但書により、XがBの右知情につき悪意の取得者であることを主張立証した場合にはじめて本件小切手上の責任を免れることができることとなる筋合いである。

そうすると、本件小切手の振出行為がYの営業に関する行為にあたるものではなくAの権限を越えた行為であるとした原審の判断は、前記商法の規定の解釈適用を誤ったものであり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

したがって、論旨は理由があり、原判決中主位的請求(本件小切手金請求)に関する部分は破棄を免れず、更に心理を尽くさせるためこれを原審に差し戻すのが相当である。」

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