Xは、東京証券取引所の会員であるY証券株式会社に信用取引口座を設定し、委託保証金代用証券として数銘柄の株券を預託していた。
昭和53年9月6日、XはY社に対し、電話により、A社株10万株の信用取引による売り付けの委託をし、Y社は同日売付委託を執行した。
その後上記株式は高騰を続け、Y社の従業員等がXに対し委託保証金の追加差し入れが必要になったことを告げたところ、Xは、当初は逆日歩をY社において負担してくれるであれば委託保証金の追加差入れに応じる等と返答していたが、後に、上記株式の売付委託をしたことがないと主張するようになり、同月19日にY社に到達した書面でその旨を告知した。
さらにXlは、21日にY社に到達した書面により、Y社との間の未決済の信用取引は一切なく、以後Y社との取引は中止するので、委託保証金代用有価証券として預託中の株券を返還して欲しいと申し入れた。
これに対しY社は、A社株の信用取引について、東京証券取引所受託契約準則所定の決済期限である昭和54年3月6日までに現渡しまたは反対売買を行い、その結果差損金が生じた。
売付委託がないことを前提にXが預託株券全部の返還を請求した(主位的請求)のに対し、Y社は預託株券の処分代金を差損金に充当し、残りはXに返還したと主張した。
第1審判決は、Y社の主張を認めてXの請求を棄却した。
そこでXは、控訴審において、Xが仮に売付委託をしていたとしても、9月11日、13日、及び19日に売付委託の意思がないことをY社に電話、書面等で再三伝えているのであるから、Y社はその時点で反対売買をして手仕舞いをしておくべきであったのに、その義務を怠り、差損金を増大させたと主張して、Y社に対して損害賠償を請求した(予備的請求)。
控訴審判決(東京高判昭和59・6・21高民37巻2号115頁)は、主位的請求を斥けたが、予備的請求について次のように判示して、請求の一部を認容した。
「東京証券取引所契約受託準則第13条の9第1項は、会員たる証券業者の顧客が所定の期限までに信用取引に関し預託すべき委託保証金の預託を・・・しないときその他の場合には、証券業者は、任意に、当該信用取引を決済するため、当該顧客の計算において、売付契約又は買付契約を締結することができるものと定め、証券業者にいわゆる反対売買権を認めているが、右の趣旨は、顧客が右の預託・・・をしない等の場合において、証券業者がそれによって損害を被ることを防止するために委託建玉の処分権限を証券業者に付与したものにほかならないのであって、もとよりそのような場合に顧客の計算において反対売買を締結すべき義務を証券業者に課したものではない。」
「しかしながら、本件においては、・・・Xの同月19日における告知の趣旨は、反対売買の委託以上に強い清算の意思表示と見ることもできるのであり、これを本件に即して合理的に解すれば、売付委託の有無を巡る紛議の結着は後に留保することとせざるを得ないとしても、売付委託の有無をめぐって係争中の右株式については、直ちに反対売買を実行して手仕舞うことによってそれ以上の事態の流動を停止させ、この間に生じた損益の負担については後日の協議等にまつこととするにあるものと理解すべきものということができる。
・・・したがって、右のような事実関係の下においては、Y社としては、Xから前記のような告知があった以上、・・・とりあえず直ちに係争株式について買付契約を締結して手仕舞うべき義務を負うものと解すべきであって・・・、これを怠ったときは、買付委託の債務の履行を怠ったものとして、それによって生じた損害を賠償すべき義務があるものというべきである。」
XY社ともに上告した。 |