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事業譲渡と労働契約関係

大阪高判昭和38年3月26日(仮の地位を定める仮処分事件)
高民16巻2号97頁、判時341号37頁、労民14巻2号439頁

<事実の概要>

Y株式会社は、鉄鋼材・鉄鋼2次製品の売買等を営む商業部門、及び、港湾運送・回漕陸運荷役等の事業を営む運輸部門からなる会社であった。

Xは、昭和36年5月11日、Y社の運輸部門に雇用されたが、同年7月29日、体格等が作業員として適当でないことを理由として解雇の意思表示がなされた(第1の解雇)。

Xは、かかる解雇を無効としてY社の従業員としての仮の地位を定めることを求める仮処分を申請し、原判決(神戸地裁姫路支判昭和36・12・13労民集12巻6号1055頁)は、上記の解雇は、Xが共産党員ないしその同調者であることを理由とするものであるから、労働基準法第3条に反し無効であり、XはY社の従業員たる仮の地位を有すると判示した。

ところでY社は、昭和34年の港湾運送事業法改正により港湾運送事業が登録制から免許制とされたことに伴い、経営の都合上、運輸部門を分離独立することとし、同部門に関する営業設備資材得意先などの営業組織一切を新たに設立する会社(A株式会社)に譲渡するとともに、同部門の従業員は現職現給のまま新会社に承継させることとした。

Y社の上記の計画は昭和36年1月16日の臨時総会で承認され、昭和37年1月25日頃、労働組合はこれを了承し、従業員も異議なくこれに同意した。

そこでY社は運輸部に関する営業を新会社に譲渡すると共に従業員との間の雇用関係を同年1月31日かぎり終了し、翌2月1日付けで新会社に引き継いだ。

Y社は、Xに対しては、原仮処分判決に基づく取扱をなしてきたが、運輸部の廃止に伴う上記の取扱については通知をしなかった結果、Xからは何の申出もなく、Y社はXに対し、運輸部が廃止されたことを理由に、昭和37年3月27日付書面をもって解雇の意思表示をなし(第2の解雇)、Xが予告手当の受領に応じなかったので、これを供託した。

Xは、Xの職場がなくなったことを理由とする第2の解雇は、第1の解雇の目的を達成するための一方法たるに過ぎず、Xの思想信条を理由としてXに不利益な別異な取扱をなすものであり、無効というべきであると主張している。

本判決は、原判決同様、第1の解雇はXの思想信条を決定的理由としてなしたものであって労働基準法第3条に違背し無効であるとした上で、第2の解雇について以下のように判示した。



<判決理由>原判決取消、申請却下。

「営業は主観的観察においては商人の継続的な営利活動を意味するが、客観的に観察すると、証人の一定の営業のための組織的一体としての機能的財産であり、現代の企業においては、この組織化された機能的財産は、これに企業に組み入れられた労働者の労力が結合して、一体的な有機的組織体を構成している。

・・・企業に従属する労働者は、特定の企業所有者あるいは企業経営者に対して労働を提供するというよりは、むしろ企業自体に奉仕する人格的存在である。

ところで企業の譲渡は、前述の客観的意味における有機的組織体としての機能的財産の移転を目的とする債権契約であり、その履行によって譲受人がその営業の主体となるものと理解されるのであるが、その動機は企業自体が一個の経済的価値を有するものとして取引の対象性を有するところであり、その経済的価値は企業の有機的一体性を害しないで行なわれるところに維持発現される。

(企業の経営組織が縮小変更されることなく譲渡される場合、集団的労働関係もそのままの状態で新主体に承継されるか又は承継されるのと同様の措置が採られるのが一般的あり、)この労働関係を承継存続させることは企業が社会的公共的要請に応えるゆえんでもある。

・・・(企業譲渡に際し労働契約関係が承継存続される旨を定めた一般的規定は存しないが、)特殊的な例証として船員法第43条がある。

すなわち、船舶所有者の変更(相続、会社の合併その他包括承継の場合を除く)があったときは、船員の雇入契約は当然終了し、この終了の時から船員と新所有者との間に従前と同一条件の雇入れ契約が存するものとみなされる。

・・・又商法第103条によれば、企業組織の変更を伴わない会社の吸収合併、新設合併の場合、存続又は新設の会社は、合併によって消滅した会社の権利義務を承継するものであるから、労働契約関係も当然承継移転する。

この場合は地位の包括承継であるのであるが、企業組織の変更を伴わない企業主体の変更の一場合であることが着眼さるべきであろう。

以上述べてきた労働契約の組織法的性格を基底において労働問題の円満な解決という企業への社会的要請、船員法にみられる一つの前駆的法解決、包括承継の場合における商法の規定等をかれこれ考察すると、企業の経営組織の変更を伴わないところの企業主体の交替を意味するがごとき企業譲渡の場合においては、その際に付随的措置として労働者の他の企業部内への配置転換がなされるとか、その他新主体に承継せしめない合理的な措置が採られる等と件の事情のないかぎり、従前の労働契約関係は当然新企業主体に承継されたものと解するのが相当である。

右労働関係の当然承継がなされる場合には、それが集団的性質を有することに鑑み、労働者の個々的同意を必要とせず、直ちにその効力を生ずると解するのが相当である。(民法625条の修正理論)

かような場合に右の如く解しても、特段の事情なきかぎり、一般には労働者にとってなんらの不利益をもたらすものではないからである。

しかし、もし、特定の労働者が企業の譲受人との間に労働関係の継続を欲しないならば、新主体に対し退職を申し入れ、即時解約をなすことができると解すべきである。(船員法第43条第2項は、船員に新船舶所有者との間に存するものとみなされる雇入れ契約について解除権を与えている。)

試用工は、はじめから本工に採用されることを予定して雇い入れられるもので、試用期間というのはその間に本工とするにふさわしい適格を有するかどうかをテストするためのものであるから、以上述べたところは試用工についても異ならない。」

本件の事実によると「Y社は昭和37年1月31日運輸部を廃止し、部門に関する企業を包括的に新会社たるA社に譲渡し、その従業員について新会社に承継させない等格別の措置がとられたものと認めるべきである。

そしてXは第1の解雇が無効である以上Y社の企業譲渡の当時Y社の運輸部における従業員たる地位を有していたものというべきであるから、Xの右従業員たる地位も他の従業員と同様右企業譲渡により当然新会社に承継せられたといわなければならない

もっとも・・・新会社においてXの採用拒否あるいは就労拒否が予想せられるけれども、これは別途に争われるべきで、このことのゆえをもって、XとY社との雇用関係ないし労働関係が前記のとおり既に終了したことの認定を左右するものではない。

またY社がした前記第2の解雇は、すでに従業員ではないものに対する解雇の意思表示であって、なんの効力も生じないが、その無効は本件の判断にいささかも影響を与えるものではない。」

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