A株式会社は我が国最大手の証券会社であり、BはA社の大口顧客である。
Bは、Cとの間で、Bを委託者、Cを受託者とする特定金銭信託契約を締結し、これに基づきCがA社に取引口座を開設して、有価証券の売買によるBのための資金運用が開始された。
Bはこの取引につき投資顧問業者との間で投資顧問契約を締結しておらず、もっぱらA社がBに代わってCに指図するいわゆる営業特金による取引であった。
Bのため特金勘定取引口座には、平成元年末頃に約2億7000万円の損失が生じており、平成2年1月頃からの株式市況の急激な悪化によって、更に損失が拡大し、期間満了を待たずに取引を終了させた同年2月ころには、損失額は約3億6000万円となっていた。
当時、証券会社による大口顧客への巨額の損失補填が報道される中、大蔵省は、日本証券業協会会長宛に、法令上の禁止行為である損失保証・特別の利益提供による勧誘はもとより事後的な損失補填や特別利益提供も厳に慎むこと、特定勘定取引についても顧客と投資顧問業者の間に投資顧問契約を締結すること等を証券会社に徹底する旨の証券局長通達を発し、日本証券業協会もこれにあわせて公正習慣規則の改正を行った。
しかし、A社を始めとする証券会社は、この通達の趣旨の主眼は早急に営業特金の解消を求める点にあると理解し、株式市況が急激に悪化する中で顧客との関係を良好に維持しつつ営業特金の解消を進めていくためには、損失補填を行うこともやむを得ないという考え方が大勢を占めるようになった。
A社の担当者は、本件通達の直後から、Bの財務部長らと営業特金の解消について交渉したが解決に至らず、損失補填をしなければ今後の取引関係に重大な影響が生ずると考えて、専務取締役で管理部門の最高責任者であったY1に対し、損失補填の必要がある旨の報告をした。
Y1は、Bの営業特金については、有価証券市場が好況であった当時から損失が生じており、将来のBの証券発行に際して主幹事証券会社の地位を失う恐れがあることも考慮して、損失補填を実施する必要があると判断した。
平成2年3月、A社の代表取締役であるYらが出席したA社の専務会において、Bほかの顧客に生じた損失について補填を実施することが提案され了承され、その結果Bは3億6019万1127円の利益を得て、営業特金による損失が補填され、営業特金も解消された。
なお、Yらは、上記損失補填の実施を決定するに当り、その違法性の有無につき法律家等の専門家の意見を徴することをしなかった。
ちなみに本件損失補填後、A社とBとの取引関係は維持され、Bが平成4年7月に300億円、平成5年3月に200億円の社債を発行した際、A社は、その主幹事証券会社として1億2000万円余の手数料を得るなど、既に相当額の収入を得ており、かつ今後も得られる見込である。
A社の株主であるXは、本件損失補填につき、当時A社の代表取締役であったYらが取締役としての義務に違反して会社に損害を被らせたものであると主張して、Yらの責任を追及する株主代表訴訟を提起した。 |