A株式会社は、B株式会社とC株式会社にその発行済株式総数の過半数をおよそ2対1の割合で保有されている上場会社であった。
B社は、経営再建を目的としてA社に代表取締役としてDを派遣していたが、経営状態が好転しなかったので、平成6年3月ころから、E株式会社を相手方とするM&A(企業買収)の交渉を開始し、A・B・E間で有効期間を3年とする秘密保持契約を締結した。
しかし、C社が難色を示したため交渉はいったん挫折した。
その後、交渉は再開され、平成7年1月11日に、B社常務取締役FがDに、C社はB社主導でM&A交渉を進めて構わないと述べていて感触がよいこと、及びB社・C社のトップ会談の実施が決まったことなどを伝えたところ、DはFに対し「今回は是非実現したいので、よろしくお願いします。」などと答えた。
そして、平成7年3月3日に、B社は保有するA社株式の大半を、C社はほぼ半数をE社に譲渡するとともに、A社がE社及びその関連会社に対して第三者割当増資を行なう旨の契約がB・C・Eの三者間で調印されたので、同日A社の取締役会においても第三者割当増資を承認した。
Xは、E社の監査役兼顧問弁護士であり、E社社長からA社のM&A交渉の一切を委任されていたところ、平成7年2月16日から同月27日までの間に、知人名義でA社株式11万3000株を購入した。
この行為が、前記秘密保持契約の履行に関して、A社が株式の発行を行なうについて決定をしたこと(重要事実)を知って、その公表前に行なった違法なインサイダー取引に当るとして、Xが訴追された。
第1審判決はXを有罪とした。
同判決は、会社の業務執行決定機関であるD社長が、第三者割当増資を実施するための新株発行を行なうことをFに表明する形で決定し、Xは、この事実を知るとともに、2月9日ころ、懸案のC社の問題が決着したことを知ることにより、A社の業務等に関する重要事実を知ったと認定した。
Xは控訴した。
控訴審判決は、1月11日の時点ではM&Aの成立は予断を許さない段階であったから、いまだ「株式の発行を行なうについての決定」があったとはいえないとして、第1審判決を破棄差し戻した。
検察官は上告した。 |