昭和43年当時、経営状態が悪く、有力企業との提携を求める方針をとることとしたA株式会社は、昭和44年1月10日、取締役会において倍額増資となる普通株式1200株の発行を決議し、全株式をY社に割り当てた。
その発行価額は1株70円とされ、これはY会社との協議折衝によって決定されたものであった。
なお、取締役会のなされた日の前日である同月9日、A社株式の東京証券取引所での終値は1株145円であり、また本件新株発行の発表後もA社の株価は上昇を続けた。
A社の株主であるXは、以下のように主張して、Y社に対し、前商法280条の11に基づく通謀新株引受人の責任を追及する代表訴訟を提起した。
すなわち、本件新株発行の価額は、1株につき、取締役会の決議の前日の市場価額である145円の5%引きの価額である137円75銭とするのが公正であり、Y社がその約2分の1である70円で引き受けたのは著しく不公正である、というのである。
1審は、次のように述べて、本件新株の発行価額は「著しく不公正な価額」ではないとしてXの訴えを棄却したため(東京地判昭和47、4、27判時679号40頁)、Xが控訴。
「A社の昭和42年1月から昭和43年12月までの東京証券取引所における株価は別表のとおりであること、A社が同年6月29日、同年5月期を無配にする旨発表したところ、同日の株価は金50円であったこと、A社の株式はもともといわゆる浮動玉が多く市場性が高かったが、同年7月以降たびたびにわたって、A社についてY社その他の有力企業による株式買占めや業務提携の噂が巷間に取り沙汰された結果、A社の株価は、投機的な思惑から大量の買い注文が市場に出されて徐々に上昇し、同年12月には急騰して同月24日金144円になり、そのすう勢が引き継がれて翌44年1月9日の前記株価となったことが認められる。」
「次にA社の資産内容及び収益力を見るに、・・・A社は、テープレコーダー、ラジオ受信機、ステレオ等の電気機器の製造販売を業とし、本件新株発行にいたるまでは発行済み株式総数が1200株・・・であったこと、A社発表の営業報告書によると、昭和43年5月31日の決算期・・・おいては、純資産・・・は金7億6454万5174円、1株当りでは金64円弱であり、当期利益は金1706万2123円にすぎず、株主配当はなかったこと、また同年11月31日の決算kにおいては、純資産は金7億9182万3692円、1株当たりでは金66円弱であり、当期利益は金2727万8518円であったこと、右各営業報告書中の資産には、棚卸資産及びいわゆる子会社等に対する投資に評価損を計上すべきものがあり、土地の再評価による評価益を加えても、A社の純資産の額は営業報告書の数字を若干下回ることがそれぞれ認められ、これに反する証拠はない。」
「前記・・・事実を考え合わせると、A社の昭和44年1月9日の株価は、異常な投機の対象となって形成されたもので、A社の客観的企業価値を反映しているとはいえないから、A社の新株発行価額金70円が右時価の半額以下であったとしても、この事実のみをもってしては、右発行価額が著しく不公正であるということはできず、これが公正か否かについてはさらに検討を要する。
・・・A社は、昭和43年当時は経営状態は悪く、同年5月の決算期において株主に対する利益配当もできず、そのままでは業績の好転が期待できない状況にあったので、これを打開するため有力企業との提携を求める方針をとったこと、この方針にもとづき、A社とY社との間に資本参加を前提とする提携の話し合いが進められ、結局、A社は倍額増資を行い、新たに発行すべき株式1200万株をすべてY社が引き受けることになり、引受価額につき双方の協議折衝がなされた上、本件新株発行が行われたことを認めることができる。
かように、特定の相手方との間の企業提携の方法として新株の発行がなされる場合には、一般の投資を求める場合と異なり、新株の発行を成功させるために、引受先との間で予め引受価額を含む発行の条件について協議しその承諾を得なければならず、この点で、いわば相対の取引に類する面をもつといえるが、この場合、相手方は通常企業の客観的価値に着目するものであり、自らの資本参加による提携が株価の高騰をもたらすとしても、これを加算した価額による引受は肯んじないであろうし、この相手方の要求は取引の通念に照らし不合理なものとはいえず、発行会社においてもこれを無視し難いものと考えられる。
そして本件のように、企業提携の見込みを反映して既に株価が高騰している場合には、その影響を受けない時期における市場価額が通常はその企業の客観的価値を反映していると見られるのであり、決定された発行価額と高騰した市場価額との間に差があっても、それが企業の提携に影響されない時期の市場価額ないし企業の客観的価値を基準として適性に定められている限り、不公正な発行価額とはいえないと考えられる。」 |