第三者割当増資と新株発行の差止

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第三者割当増資と新株発行の差止

東京地決平成元年7月25日(新株発行禁止仮処分申請事件)
判時1317号28頁、判夕704号84頁、金判826号11頁

<事実の概要>

Y1社及びY2社は、いずれも東京証券取引所第1部に上場する株式会社である。

X社は、昭和62年10月頃からY1社の株式を、また昭和63年2月頃からY2社の株式を大量に取得し始めた。

Y1社の東京証券取引所における株価は、昭和62年12月頃までは900円ないし1200円前後で推移していたが、昭和63年1月以降急騰し、同年2月から5月頃までには4000円前後となり、さらに同年8月には8000円まで上昇した。

その後は、おおむね4800円ないし6000円程度で推移している。

Y2社の東京証券取引所における株価は、昭和62年1月以降急騰し、同年2月から5月頃までには2000円前後となり、同年8月には5460円まで上昇した。

その後は、同年9月にいったん3200円まで下落して以降、おおむね3650円ないし5000円程度の価格で推移している。

X社は、昭和63年6月から10月にかけてY1社と、同年10月から11月にかけてY2社と会談し、Y1社、Y2社及びA社の三社合併等を提案したが、Y1社及びY2社はこれを拒否した。

その後Y1社、Y2社は、X社の要求に対抗するため、業務提携の交渉を開始し、平成元年7月8日、業務提携及び資本提携の合意を行った。

これに基づき同月10日、Y1社及びY2社それぞれの取締役会において、Y1社はY2社に対し、Y2社はY1社に対して新株を割り当てる新株発行を決議した。

その発行価額は、市場価額が極めて高騰していたことを理由に、これを基礎とせず、他の株式価格算定方式を用いて、Y1社は1株1120円、Y2社は1株1580円とした

これに対してX社は、本件Y1社及びY2社による新株発行の差止仮処分を申請した。

その理由は、大別して以下の2点である。

第1に、本件Y1社及びY2社による新株発行は、特に有利なる発行価額に該当するものであるにもかかわらず、株主総会特別決議がなされていない。

これは、前商法280条の2第2項に違反する。

第2に、Y1社の新株発行により、X社の持株比率は33、34%から26、81%に低下し、またY2社の新株発行により、X社のそれは21、44%から17、24%に低下する。

これは、X社の持株比率を低下させ、現経営陣の支配権を維持する目的でされるものであるから、著しく不公正な方法による新株発行である



<判決理由>申請認容。

「新株の公正な発行価額とは、取締役会が新株発行を決議した当時において、発行会社の株式を取得させるにはどれだけの金額を払い込ませることが新旧株主の間において公平であるかという観点から算定されるべきものである。

本件のように、発行会社が上場会社の場合には、会社資産の内容、収益力および将来の事業の見通し等を考慮した企業の客観的価値が市場価格に反映されてこれが形成されるものであるから、一般投資家が売買をできる株式市場において形成された株価が新株の公正な発行価額を算定するにあたっての基準になるというべきである。

そして、株式が株式市場で投機の対象となり、株価が著しく高騰した場合にも、市場価格を基礎とし、それを修正して公正な発行価額を算定しなければならない。

なぜなら、株式市場での株価の形成には、株式を公開市場における取引の対象としている制度からみて、投機的要素を無視することはできないため、株式が投機の対象とされ、それによって株価が形成され高騰したからといって、市場価格を、新株発行における公正な発行価額の算定基礎から排除することはできないからである。

もっとも、株式が市場においてきわめて異常な程度にまで投機の対象とされ、市場価格が企業の客観的価値よりはるかに高騰し、しかも、それが株式市場における一時的現象に止まるような場合に限っては、市場価格を、新株発行における公正な発行価額の算定基礎から排除することができるというべきである。

これを本件についてみるに、Y1社の東京証券取引市場における株価の推移は・・・、3000円以上の状態が1年5ヶ月間、4000円以上の状態が1年間と相当長期間にわたって続いており、しかもこのような株価の高騰は、X社がY1社の株式を大量に取得したことにその原因の一があるとともに、Y1社の株式が投機の対象となっていることは否定できないところであると考えられる。

しかし、本件においては、Y1社の株価の推移、特に一定額以上の株価が相当長期間にわたって維持されていることに照らすと、その価格を新株発行にあたっての公正な発行価額の算定基礎から排除することは相当ではない。

したがって、本件新株発行において市場価格を無視してこれを基準とすることなく算定され決定された1120円という発行価額は、当時の市場価格からはるかに乖離したものであることからみて、商法280条の2第2項所定の「特に有利なる発行価額」に該当するというべきである。

よって、それにもかかわらず同条項所定の株主総会決議を経ていない本件新株発行は、その手続に法令違反があるといわなければならない。」

「株式会社においてその支配権につき争いがある場合に、従来の株主の持株比率に重大な影響を及ぼすような数の新株が発行され、それが第三者に割り当てられる場合、その新株発行が特定の株主の持株比率を低下させ現経営者の支配権を維持することを主要な目的としてされたものであるときは、その新株発行は不公正発行にあたるというべきであり、また、新株発行の主要な目的が右のところにあるとはいえない場合であっても、その新株発行により特定の株主の持株比率が著しく低下されることを認識しつつ新株発行がされた場合は、その新株発行を正当化させるだけの合理的な理由がない限り、その新株発行もまた不公正発行にあたるというべきである。

これを本件新株発行についてみるに、・・・Y1社とY2社との業務提携の機運は従来からまったくなかったわけではないものの、右両者間でそれが真剣に話し合われたことはなく、本件業務提携は、Y1社、Y2社、A社の三社合併をX社から提案されたことにより、Y1社とY2社が、X社の要求を拒否し、対抗するため具現化したものであるところ、本件業務提携にあたりY1社がY2社に対し従来の発行済株式総数の19、5%もの多量の株式を割り当てることが業務提携上必要不可欠であると認めることのできる十分な疎明はなく、しかも、本件新株発行によって調達された資金の大半は、実質的には、Y2社が発行する新株の払込金にあてられるものであって、差額としてY1社のもとに留保される約50億円についても、特定の業務上の資金としてこれを使用するために本件新株発行がされたわけではないこと、また、X社がY1社の経営に参加することからみると、Y1社がした本件新株発行は、X社の持株比率を低下させ現経営者の支配権を維持することを主要な目的とするものであり、又は少なくともこれによりX社の持株比率が著しく低下されることを認識しつつされたものであるのに、本件のような多量の新株発行を正当化させるだけの合理的な理由があったとは認められないから、本件新株発行は著しく不公正な方法による新株発行にあたるというべきである。」

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